君に必要なのは『不合格体験記』!



 君は受験雑誌や塾のパンフレットで一度は必ず見たことがあるだろう。『僕はこのように勉強して志望校に合格した!』『わたしはこの塾に通ったおかげで試験に受かった。』 試験を終えてはれて高校生になった先輩たちの生の声、そう、合格体験記である。

 しかし僕はここで君にあえて言う。こんな合格体験談なんて君にはあんまり役に立たないものだよと。 

 人間っておもしろいもので、基本的には他人の幸せにはまったく関心を示さないものなんだ。例えば、君の隣に住んでいる田中さんが宝くじ1等賞を当てて君は嬉しいかい? 同級生の鈴木君(さん)に念願だった彼女(彼氏)ができて、君は涙を流すほど喜ぶかい? ちょっと極端な例になるかも知れないけれど、『あの人は病気になったけど病院に行ったらすっかり治ったよ。』と聞くのと『あの人は病気になって病院に行ったけれど残念ながら亡くなったよ。』と聞くのとどちらがインパクトが強いかい? 当然不幸な内容の方が心にズシンとくるネ。病気が治ったと聞けば「よかったですねえ。」で終わる。ところが亡くなったと聞けば「そうか、あの症状を見過ごすと命に関わるとんでもない事態になんだなあ。危ない危ない。自分は気をつけよう。その症状が出たときには早く病院に行こう。」と自分のこととして深い反省をするものだ。

 さて話をもとに戻そう。先輩の合格体験記で『このようにしたら試験に受かったよ!』なんてあっても、『ああ、そうですか。おめでとうございました。』で済んでしまうのが人の心である。そんなものなのだ。まったく自分のこととして考えることができない。ところが!『私はこのように勉強したら受験に失敗してしまいました。』と聞いたら君どう思う? 『あ〜あ〜、アブねえアブねえ! そんなことで不合格になったらバカらしいなあ。オレは絶対にそんなことマネしないぞ!』という気持ちが起こるはず。いや絶対に起こる。自分のこととして真剣に考えこんでしまうものなんです。だから僕は君に声を大にして言うよ。『君に必要なのは不合格体験記じゃ!』

 ある予備校がパンフレットに載せた『不合格体験記』の一部分を以下に抜粋してみる。ちまたで数多く『合格体験記』があふれる中、このような記事はとても素晴らしいと思うのだ。大学受験の失敗記だけど、君の心にズシンとくるところもあるんじゃないかなあ。まあ読んでみて。

M.T. 君

 僕が受験に失敗した原因は数多く思い当たるが、まず思いつくのは無理な計画づくりをしていたということだろう。あれもしたい、これもしたい、とたくさんの内容を盛り込んでしまったために到底達成できそうもないギッシリとした計画になってしまうのである。( 中 略 ) だが、自分自身の中にある一番の失敗の原因は「受験勉強に対する逃げ」だったと思う。勉強をしなくてはならないことはわかっているのだが、やはりどこか逃げ腰の部分があったので、机の上で勉強していてもすぐに休憩とかいって机の上に伏せたりベッドに横になったりして、そのまま眠ってしまったことが多かった。

S.H. 君

 僕が大学受験に失敗したもっとも大きな理由は、心のどこかにあった安易な気持ちだと思う。少し勉強すれば点数も取れるだろうという思い上がりと、「まあ、なんとかなるさ。」という心の甘さがこのような結果を導いたのかも知れない。.......... ( 後 略 )

N.K. 君

 私は、不合格がわかったとき、自分でも驚くほど落胆しなかった。受験勉強にそれほど真剣に取り組まなかったからである。机に向かっては見るが、まったくヤル気が起きず、学校に残っていても友達と話ばかりしていて、貴重な時間を浪費していた。....... ( 後 略 )

どうだろう。受験に失敗した彼らの生の声は、恐らく君の心に痛いくらいに突き刺さるのではないだろうか? 彼らの失敗を自分のことに置き換えて、よくよく反省してみてほしい。


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