仕事の合間にちょこっとヒマな時間があったので童話(?)を書いてみました。僕はプロの作家ではないので商品になるようなモノは書けませんが結構楽しめました。あとから読み直すと案外ダメな(というかオリジナル性に乏しい)作品ですが、まアよかですね。ではでは、朗読してみてくださいね。
むかしむかーしのおはなしです。 九州の豊の国(とよのくに)とよばれた地方にある、ちいさないなかの村のはずれに源じいどんというおじいさんがおりましたとさ。源じいどんは大好きなおばあさんとむすこ夫婦、そしてかわいいかわいい孫たちといっしょに、貧しいけれどもとても楽しくくらしておりました。
さて、この源じいどん、村ではちょっとした有名人です。というのもしゃれ(洒落)が得意でとんちがきいて、気前がよくて二枚目で、ちょいとヤクザなおじいさんだったのです。源じいどんがたんぼのあぜ道をあるけば、村の人たちはこうはなしかけます。
「おーい、源じいどん、きょうはいい天気じゃねえー。」「おー、ほんにええ天気じゃ。ついでにわしゃわるい短気じゃ。はっはっはっ。」
「おや、源じいどん、いつみても若いのう。」「そうじゃ。いつまでも年をとらぬことサザエさんに登場するキャラのごとしじゃ。わっはっはっ。」
今ではお友だちをなくしてしまいそうなオヤジギャグですが、そのころこの村ではとてもはやっていたのでした。
さて、いつの時代にも人気者をねたむ心のせまい人はいるものです。このあまりにもおもしろいギャグをいう源じいどんのことをねたむ者が村の中にもおりました。村のまんなかへんにすむ与平(よへい)さんです。
じつは与平さんもだじゃれやギャグが大好きなのでした。だからとてもおもしろいしゃれで村人たちを笑わせる源じいどんのことが気にくわなかったのです。ある日、与平さんはおくさんのお松さんにこういいました。
「お松よ。おらのギャグはこの村では一番だァ。でもみんな源じいどんのほうがおもしろいというとる。」
「そりゃそうでしょう。源じいどんの話はおもしろいからねぇ。」
「いや、そんなことはなかろう。おらの話のほうがおも黒い、いやおも白い。」
「・・・・・・・」
こんな調子では、与平さんは源じいどんにはかないません。
「ところでよ、お松。こんどの村まつりの日に源じいどんをうちに呼んでとんちくらべをしようとおもうちょる。」
「やめておきなよ。おまえさん、きっと痛いめにあうじゃ。」
「いんや、やるいうたらやるじゃ。そうせんとおらのフライト、いやプライドがゆるさんに。」
「ほんにあんたって人はいい出したらきかん。こまったもんじゃ焼き.....。いやじゃのう、あんたのくせがうつってしもた。これじゃお嫁に行けん.....。」
にたもの夫婦だったのでした。
村まつりの日がやってきました。朝から村の神社のたいこが「どんどこ、どんどこ、どんどこどんどん」となっています。
与平さんは前もって源じいどんにおてがみをだしておりました。『源じいどん、こんどの村まつりの日におらのうちでだじゃれごっこをいたしませう。村いちばんのしゃれをいう源じいどんとおいしいお酒がのみたいものです。おまちして「のり」ます、いや「おり」ます。うんぬん。』
このおてがみの最後の『おまちして「のり」ます、いや「おり」ます』というくだりが源じいどんのしゃれ心に火をつけたのでした。源じいどんは村まつりの日に与平さんのところにいくやくそくをする返事のおてがみをだしていたのです。
やくそく通り、源じいどんは足どりもかるく与平さんのうちにむかっておりました。まさかとんちくらべをするなんて夢にもおもいませんでしたから、あたまのなかではおいしいお酒のことばかりかんがえていました。
与平さんのいえの前には幅が5めーとるほどの小川がながれていて門のまえに橋がかかっておりました。源じいどんが橋のまえまでやってくると、そこには立て看板がありました。『このはし、わたるべからず』とかいてあります。
「ほほう、与平さんはわしのとんちを試しておるようじゃのう。よかろう。『このはし、わたるべからず』か.....。ふーむ。」
源じいどんはうでぐみをしたまましばらく目をつぶってかんがえました。しばらくしてにやっとすると、やおら橋のまんなかを胸をはってあるきだしました。「簡単なことじゃ、はしっこをとおらず真ん中をとおればいいのじゃ。一休さんのアニメでみたことがあるでのう。」
その表情は自信にみちていて、かちほこったような笑顔でした。ところが源じいどんが橋のまんなかにさしかかったとき、足もとがミシミシッとなったかとおもうとばりっと板がわれて源じいどんは川に落っこちてしまいました。この橋の木はくさっていてきけんだから本当にわたってはいけなかったのでした。
「いやいや、こいつはテレビのみすぎじゃワイの。はっはっはっ。」 しかし浅い川でなによりでした。
さて、この村にはもうひとり源じいどんをねたむ者がおりました。それは村いちばんのお金持ち、庄屋の牛兵衛(ぎゅうべえ)さんです。とてもいじがわるくて村びとたちからたいへんきらわれておりました。
「村のいちばんの人気者は庄屋のこのわしでなくてはならん。ふん、なにが源じいどんじゃ。このわしがギャフンといわせてやるでの。」
牛兵衛さんは小僧さんにてがみをもたせました。源じいどんをこまらせてやろう、というわるい気持ちでかいたおてがみです。
『源じいどん、あしたうちでごちそうするでの。うまいたべものをたんとごちそうするによってあそびにまいりなっせ。』
源じいどんはグルメです。このおてがみにとてもよろこびました。使いの小僧さんにごちそうになる気持ちをつたえてその日は晩ゴハンぬきで床につきました。ちょっとばかりいやしい源じいどんです。
つぎの日、源じいどんは庄屋さんのりっぱなおやしきのなかにいました。おいしいお酒とたべものをたくさんいただいてとても満足しておりました。庄屋さんはこういいました。
「源じいどん、村びとたちのうわさによるとあんたはなかなかしゃれが好きでとんちがきくそうじゃの。さきほどはさいこうのもてなしをさせていただいた。ならば次はわしのいうことをきいてほしい。」
源じいどんはおいしいものをおなかいっぱいたべて、お酒ものんでじょうきげんでしたから「よかですよ、よかですよ。」とかるくへんじをしてしまいました。これをきいた庄屋さんはこころのなかで『バカものじゃ。ほんにこやつはバカものじゃ。』と大笑いしていました。
庄屋さんはとなりの部屋に源じいどんをまねきいれました。そのひろい部屋の真ん中には、おおきくてりっぱな屏風(びょうぶ)がかざってありました。そこにはトラがおおきくえががれており、その見事なことといえば生きているようで、いまにも屏風からとびだしてきそうです。
「源じいどん、すごいじゃろ。あまりに本物のトラにそっくりでこわいくらいじゃ。わしゃ夜になるとこわくてこのへやにはいることはできん。そこでじゃ。いまからの、この屏風のトラをこのなわでしばってほしいのじゃ。そうすればわしも少しは安心してこのへやにはいれるからのう。」
なんていじわるな庄屋さんなんでしょう。この話をきいて源じいどんはちょっと困りました。『それではこのトラを屏風から出してくだされ。そしたらこのナワでしばってあげるがのう。』と言おうとおもいましたが、ついこのあいだ一休さんのマネをして失敗したことをおもいだしました。ですからこんどは自分のおりじなるの考えでいくことにしたのです。「せっかくごちそうになったからの。そしたら庄屋さん、このへやにわしひとりにしてくだされ。」
「はいはい。よろしくたのみますよ。」庄屋さんは意地のわるい笑顔をのこしてへやをでました。源じいどん、だいじょうぶでしょうか?
「いやはや、こまったもんじゃ。」 源じいどんは両うでをくんでじっとかんがえました。
10分ほどたちました。庄屋さんはとなりのへやでおいしいお茶をすすっています。そのときとなりの部屋から、「おーい、庄屋さん、トラをしばりましたがのう。」という源じいどんのこえがきこえました。「ほう、どれどれ。」といって庄屋さんはたちあがり、となりのへやのふすまをあけました。
そこには屏風からきりぬかれたトラがちゃんとナワでしばってありました。ちょっとばかりトラはくしゃくしゃになっています。
庄屋さんは目をみひらいたままたちすくみました。そうです。源じいどんに『この屏風にさわらずに』ということをいいわすれたのでした。やがて庄屋さんは気をうしなってたおれてしまいました。なぜならこの屏風は、そのころのにほんでいちばんゆうめいなえかきのせんせい『八百屋 珍源斎(やおや ちんげんさい)』がかいたもので、おかねをだしてもかえないような、庄屋さんにとってとてもたいせつな宝ものだったからです。
庄屋さんはいのちにべつじょうこそないものの、ショックのあまりにきおくそうしつになってしまいました。
それからというもの、村のひとたちは庄屋さんからいじわるをされることがなくなりとてもよろこびました。ほんとうによかったですね。
源じいどんは村のにんきものであり、かっこいいせいぎのみかたでもあったのです。めでたし、めでたし。