大の苦手だった数学とは正反対に英語は中学生の頃からずっと得意だった。高校の三年間を通じて数学の成績はいつもお決まりの下位だったが、逆に英語は常に上位だったのである。この両者の極端な差は周囲からとても不思議がられていた。
考えてみるととても興味深いことがある。中学生になって初めて英語を習い始めてから大学に合格するまで、ボクは英語を単なる「受験のための科目」として考えたことは一度もないのだ。つまり、受験のためだけに懸命に英語を勉強したことは一度もない。(もちろん学校内での試験の準備は当たり前にしていたが。)だから友達が一生懸命に作っていた英単語カードはボクには全く不要だったし、問題演習のための受験参考書は一度も自分から求めたことがない。こんなボクの姿は周囲の目にはちょっとばかり奇異に映っていたようだ。さて、このような状況に至った理由を考えてみると次のことが言えそうである。どうもボクは風変わりな子供だったみたい。
今でも尊敬するW先生。僕が中学校一年生の時に英語科の担任だった方である。日本人でありながらカナダでの生活が長い帰国子女であった。思えば中学から高校とボクが習った他の英語科教師は何だか日本語なまりの発音をしていたな。それは当時の自分にもよくわかった。要するに発音が不器用なのである。(別に悪いこととは思わないけど。)英文を読む先生の発音によく耳を傾けてみれば、それはあなたにもハッキリとわかるはずだ。日本語的英語を話す先生方に共通するのは、一つ一つの単語が強調されて抑揚がないばかりか、全体的にたどたどしくて流暢さが感じられないことである。偉そうなことを言うようだがこれは事実だから仕方がない。(あなたが出会ってきた英語教師はそうではないことを祈る。)話を戻そう。このW先生、英語のイントネーションからジェスチャーにいたるまで、まるでネイティブ・スピーカー。中学生になったばかりのボクは英語の新鮮な響きにすっかり魅せられて、心底英語に興味を持ったのであった。別に英語という科目が好きになったわけではなく、日本語にはない英語独特の美しい音の響きがすっかり気に入ってしまったのだ。何とか自分の発する英語の響きをW先生のそれに似せたいと思い、ボクはとにかく懸命に単語や文を声に出して読んでいた。だからいつも教科書ばかりを見ていたわけで、鉛筆を持ってノートに単語を書き出したりとか、参考書を買ってきて問題を解いてみたりとか、筆記体の練習を行ったりということはほとんどなかったようだ。(もちろん宿題は別。でもノートに一つの単語とその意味を5回ずつ書いてこい、といった課題は子供心にも何だか馬鹿馬鹿しかった。)とにもかくにも、ただひたすらに教科書中の英単語や英文を声に出して読んでいたのである。そんな感じだから当初の英語の成績はごくごく平凡であった。
ボクは中学校に入学して間もなくブラスバンド部に入部した。その中で数人の先輩達がバンドを組んでいて、いつしかボクもピアノ(オルガン)でそのバンドに参加するようになった。そしてそこで出会ったビートルズの音楽に衝撃を受けることになる。初めて聴いた曲は「In My Life」。(ご存知かな?)美しいピアノソロもさることながらジョンレノンのちょっと切ない歌声にすっかり心を奪われてしまった。それからのボクは自宅で何度もくり返しこの曲を聴いてはジョンの歌い方(発音)をまねてばかりいた。もちろん歌詞の意味など12才だったボクにわかるわけはない。ただ先輩から渡された譜面にある歌詞をチラチラ見ながら耳から入るジョンの発音をメロディーにのせてマネして歌うだけである。勉強机の前にテープレコーダーを置き、時間が立つのも忘れてビートルズに没頭している自分の姿を想像するとなんだか滑稽だが、どうも凝り性な性分はすでにこの時期から頭角を現していたようだ。やがてバンドのメンバーとの話し合いの中で、我がバンドのオリジナルソングを作ろうということになった。ボクは日本語の歌詞より英語の歌詞を作りたいという自分勝手な希望を無理やり押し通して、さっそく歌詞作りに取りかかった。手持ちの英和辞書、和英辞書を不器用ながらも駆使し、時間こそかかったが何とか記念すべき一曲目が完成した。今でも覚えている。曲目は「Fairy Tale(おとぎ話)」。それは和英辞書でたまたま目にした単語であった。難しい文法は全然わからなかったので、歌詞もこれまた辞書から抜き出した。「I haven't finished my homework yet.」という例文を見つけると、homework(宿題)をwork(仕事)に変えて「I haven't finished my work yet.(俺はまだ仕事を終えていないのさ。)」としてメロディーをつけた。当然のことながら全く曲のタイトルに合わない歌詞ができあがる。これは愛嬌。正しく発音しなければ歌う意味がないというポリシー(?)からか、何度もW先生のところに足を運んでは英文(歌詞)の添削をお願いし、実際に文を読んでもらって発音を身につけていったのである。先生の目にはさぞや勉強熱心な生徒に映ったことでしょうな。
他の同級生たちは英語学習のために単語を一生懸命になって覚えていた。単語を知らなければ英文の意味がわからないから結果として英語が理解できなくなるのだそうだ。一方、ボクはというと単語の意味そっちのけで英語の発音(響き)を楽しみ、バンドのオリジナルソングの歌詞を作るために辞書を適当に引きまくったり、いただける所はないかとビートルズの歌詞を丹念に調べたりしていた。今はもう手元にないが、あの頃の和英辞書、英和辞書は手垢で少々黒く汚れていたっけ。そういえば夜、布団の上に寝っころがる時にも辞書を手放さなかったな。日々そんな風に辞書を活用していた。そして歌詞ノートなるものを作って辞書中に使えそうな文があるとノートに書き出し、翌日そのノートを携えながら懲りもせずに職員室にW先生を訪ねて、添削をお願いして読み方を教わる。毎日の学校生活がそのくり返しであった。結構楽しかったな。
校内のテストが近づくと、英語に関しては試験前に軽く教科書を流して読むだけで他には何もしなかった。それだけで十分に高得点が得られたのである。何せ教科書の中で扱う文章のレベルは『昨日、太郎君は町に買い物に出かけました。』であるのに対し、歌詞作りに一生懸命だったボクが作っていた文章は『いつ君に愛の言葉を告げようかと迷っているよ。』とか『今、心には少しの偽りもないんだ。』とか『永遠に変わることがないものって何だろう。』だったから。内容の次元が違ったのである。生意気だと叱られそうだが、当時、学校の試験に出題される文章の内容があまりにも幼稚すぎて退屈に思ったのは事実である。『エミリーはニューヨークに住む15才の女の子です。弟が一人います。彼女はテニスが得意で....。』試験のたびに(こんな英文なんかちっとも面白くねえ........。)と心の中で感じたものだ。
高校に入学してからも英語に関しては特別な努力をしなかった。同じクラスの仲間たちは「中学の教科書と違ってわからない単語はいちいち辞書で調べなきゃいけないから大変だ。」とよく言っていた。確かに中学生が用いる英語の教科書には単語の意味が巻末に一覧として載っていたが、高校の教科書にはそれがない。しかし中学生の頃から辞書にすっかり慣れ親しんでいたボクには辞書を活用することに少しも違和感がなかったのでその点は助かった。授業では英文法も習ったが、たとえ文法用語を知らなくても文を構築する上での規則はある程度知っていたから、その煩雑さに頭を抱える同級生を後目にボクはマイペースで学習を進めることができた。むしろ文法を習うことでビートルズの歌詞がいっそう詳しく分析できたので、かえって気分良かったくらい。熟語(イディオム・常套区)もビートルズの曲の歌詞を覚えていたこともあり、問題文の響きは何かしらの曲の中で聞いたことがあるものが多かった。実際に高校三年生の時に校内実力テストで出題された問題に次のようなものがある。
<問題>( )内に適語を入れよ。
I'm happy as can ( ).
これだって、ジョージハリスンの「I need you」という曲に「 So come on back to me. I'm lonely as can be. 」ってあったから、それを思い出して何も考えずに即答できた。英語担当のT先生と廊下ですれ違いざまに、この問題は学年で3人しか正解者がいなかった、といたく誉められた記憶がある。
さて、長々と自分の「英語史」を述べてきたわけだが、あなたはお気づきになっただろうか? ボクは英語を「徹底的に読む」ことから始めたのである。たとえ単語の意味がわからくても正しく読む習慣さえつけていれば、最初は大した変化がないようでも英語の得点力は必ず伸びるのだということを今でも確信している。「書けること」ことや「訳せること」に関しては後回し、ということにしてまずは気にしない。家庭教師になってから受験用のオリジナルテキストを作成した時にも「正しく読めなきゃ英語を勉強する意味がない。」ことをモットーに、「読め!読め!読め!」と何度もしつこいくらいに強調してきた。中学生時代の自分が特に意識せずに英語と付き合っていた方法が後年、英語を教える立場になって大いに役立ったというわけである。あの当時のボクの考えは決して間違っていなかったと思う。なぜなら近年、英語の試験で「ヒアリング」が重要視されているもんね。(ボクの受験時代には一般的ではなかった。)「ヒアリング」に精通するには何よりも英語が読めることが前提となる。日頃から英文をキチンと読んで、英語の音の響きに慣れ親しんでいなければならないな、と思う。
あれこれとカッコいいことばかりを並べて書いてしまったような気がする。英語に関しては少しも苦労をした記憶がないと偉そうに言っても、所詮受験は総合力である。からっきしダメだった数学が足を強力に引っ張ったまま、総合力に不安を残しつつボクは受験シーズンを迎えることになるのだった。< 次 回 に つ づ く >