最近、文章を作る作業をとても楽しく感じるようになりました。「読み手」の立場に立って文章を練るって本当に面白いものなんですねえ。そこで、かつて病院で一緒に働いた仲間たちから聞いた怖い話をまとめてみることにしました。「どのように書けば読み手を夢中にして惹きつけられるか」をテーマに、文章作成の練習を兼ねましたので、少々演出を加えてドラマ仕立てにしましたが、もともとは実話ですぞ〜〜〜〜。それではお読みくだされ〜〜〜〜〜。
かつて「学校の怪談」という映画やテレビアニメが若い世代の間で大流行したことがあった。夜中に見る人気(ひとけ)のない静かな校舎はたしかに不気味で、さまざまな怪談話が登場するのもうなずける。真夜中の校舎が放つその独特で異様な雰囲気は、きっと住む人のいない廃屋に通じるものがあるのだろう。元気のよい子供たちが集う学校とは違って、病院というところは日々生死のドラマがくり返されている場所である。いったん病院の門をくぐった患者さんは、運命の神の意志により表玄関から出るか、あるいは裏玄関(霊安室)から出るかの決定がなされるのだともいえる。人の生死のドラマを日常とする病院には、学校以上に怪奇現象や怪談話がありそうだ、とあなたはきっと思われることだろう。そして実際にその通りなのである。
私は長い間、医療従事者として病院や診療所での仕事に関わってきたが、そのほとんどの施設で信じられない奇怪な現象を同僚や他の職員から見聞きし、また自らも体験している。ある病院では、そこで起こる奇怪な現象があまりにもショッキングであるために、患者さんや職員への悪影響と経営に影響を及ぼしかねない風評とを院長が懸念し、関係者個別に箝口令(かんこうれい)が出されたケースもある。
このたび私は自分が見聞きした奇妙な体験談をはじめ、未知、既知の医療従事者への取材で知った不思議な現象を「病院の怪奇話」としてまずは10編ほどまとめてみたわけだが、私はこれらを単なる「オカルト・ストーリー」として仕立てる意図は毛頭ない。さまざまな思いをこの世に残しつつ、黄泉(よみ)の国へと旅立った死者に対する追悼の意と、今こうして無事に生きていられることに対する感謝の念を忘れずに綴ってきたつもりである。
第一話 気 配
私は市井の内科医で、病院、診療所に長く勤務してきた。かつて「学校の怪談」が若い世代の間で大流行したことがあったが、生死のドラマを日常とする病院には、学校以上に怪奇現象や怪談話がありそうだ、とあなたはきっと思われることだろう。そして実際にその通りなのである。
誰もいないはずの場所に人の気配や視線を感じる、といった経験をあなたはお持ちだろうか? 私が研修医時代を過ごしたB総合病院でのことであるが、当時の自分には院内で2ケ所だけ、どうしても「何者かの気配」が気になる場所があった。
最上階である10階には院長室、副院長室、応接室、医局(医者の控え室のことで、学校でいうと職員室に相当する場所。)などがあったが、フロアの隅に小規模ながら図書室があった。そこには医学会の雑誌や定期刊行物などが揃えられていて、私は院内で開催される勉強会の予習をそこでよく行っていたものであった。日中は仕事で忙しいこともあり、夕食を終えた20時頃によく図書室を利用していた。(当時は病院の敷地内にある研修施設に住み込んでいたので、夜遅くまで院内に残っていた。)
図書室の中に入ると真正面に、閲覧用の小さな机が壁に接するように置いてあり、そこが私のお気に入りの場所だった。なぜなら視線を上げるとガラス窓越しに街の遠景が見えたからである。特に仕事に疲れた時にその風景が目の保養になったこともあり、図書室を利用する時には必ずその机を利用していたのだ。
ある晩、近々行われるカンファレンスの発表用原稿を図書室で準備していた最中のことである。準備作業は順調にいっていたのだが、どうも気持ちがそわそわして落ち着かない。あたかも誰かによって自分の作業の模様が監視されているかのような感じなのだ。概して夜の病院内は静かなものだが、ナースステーションも病室もない10階フロアは特に静かであり、私にはいっそうその「気配」が気になった。そして面白いことに、その気配がする方向がはっきりとわかる。私は自分の右斜め後ろのほうから「誰か」が自分を見つめていることを感じていた。別段、その時に恐怖心を抱いたわけでもなかったので、時々ちらっと右斜めを振り返ってはみるが、当然そこには誰もいない。病院の最上階にあるその図書室の夜の窓ガラスは薄汚れた鏡のようであり、そこには机に体を向けて、正面の窓を見つめている自分の姿が映っていた。
しかし、そのようなことが2度、3度と続くとさすがに少々気味が悪くなる。相変わらずその「気配」は、机に向かっていた自分の右斜め後ろにあるのだ。私は「気配」の正体に非常に興味があったので、院内でも霊感が強いと評判だった事務の男性(このような職員はどこの病院にも必ず一人はいる。)が当直だった夜に、好奇心から彼にその図書室まで来てもらったことがある。もちろん「気配」についての詳しい話について、私の方から彼には一切していない。しばらくの間、じっと黙って室内を見回していた彼はおもむろに、「先生、いますよ。そこの壁からこちらを見ています。」それはちょうど机からみて右斜め後ろにある壁だった。霊感のない私には、視野には薄汚れたベージュ色の壁しか見えないが、彼には「それ」がしっかりと見えるのだ。彼の言葉に私は驚いたが、不思議に恐怖を感じなかったことを憶えている。例の「気配」が決して気のせいではなかったことがわかり、むしろスッキリした気持ちになっていた。
もう一つの場所、それは7階病棟にあったカンファレンス・ルームだった。7階病棟は私が専任だったこともあり、患者さんやその家族に対する病状説明や、病棟回診前に新規入院患者さんの治療方針について医者同士が話し合うためによく使用した場所である。その部屋はあまり広くなく四畳半程度のスペースに細長い机とイス、シャーカステン(レントゲン写真をかける用具)が置いてあるだけの簡素なものだった。カンファレンス・ルームは病棟の中央に位置していたために窓がなく、四方を壁に囲まれた、ちょっと息苦しい感じのする部屋だった。しかし周囲の音に惑わされずに気持ちが集中できるという理由で、私は入院患者さんに関わる書類の作成や、カルテの整理にその部屋をよく利用していた。
さて、この場所で感じた「気配」は図書室のものとは違って少しばかり気味が悪い。当時の私は研修医として修行中の身であり、病院敷地内の施設(レジデント・ルーム)に住み込んでいたこともあって、病棟での雑務は夜に行うことが多かった。ある時、保険会社提出用の書類をカンファレンス・ルームで記入していたところ、不意に自分の顔の右半分に冷たくひんやりとした感触を覚えたのである。空調をつけているわけでもないのに変だなとは思いつつもあまり気にはならず、その日は書類を記入し終えてその部屋を後にした。それから2週間ほどたった頃だろうか。ある晩の出来事である。何をするためだったのか今では全く憶えていないが、カンファレンス・ルームで一人仕事をしていた。すると背中が急に冷たく感じたかと思うと同時に、何者かに後頭部をぐっと押さえつけられた。言葉でどのように表現すればようのだろう、台風到来の時の生ぬるい強風が私の後頭部に音もなく吹き付けてくる感覚。いや、もっと不快なものである。ほんの数秒間の出来事ではあったが、この時ばかりはさすがに気分が悪くなり、仕事の手を休めて自分の部屋に戻った。しばらく吐き気が止まらなかった。
病棟がパニックに陥ってはまずいと思い、私はしばらくの間、この件については誰にも言わずに黙っていた。後日スタッフ・ルーム(看護師の休憩室)で私以外にも同じような体験をした者がいることを聞いたが、私はあの晩のことを敢えて口にはしなかった。
ちなみにその病院が立っている場所は、戦時中に多数の防空壕があったと伝えられるところである。
第ニ話 壁から出る白い影
私は市井の内科医で、病院、診療所に長く勤務してきた。かつて「学校の怪談」が若い世代の間で大流行したことがあったが、生死のドラマを日常とする病院には、学校以上に怪奇現象や怪談話がありそうだ、とあなたはきっと思われることだろう。そして実際にその通りなのである。
この数年間、私は医業の傍ら、数多くの医療従事者が遭遇した奇怪な体験談をつぶさに取材してきた。そして現在、それらをまとめて文章にしているわけであるが、その作業の過程で、病院の中で起こる不思議な怪奇現象には例外のケースこそあれ、2つの共通点があることに気付いたのである。一つは、全く同じ状況を複数のスタッフが日を替えて体験しているということ。そしてもう一つには、奇怪な現象を目の当たりにした病院のスタッフは、あとから思い返して強いトラウマになることはあっても、遭遇の時点ではそれほど強い恐怖を感じていないということだ。私が知る限りにおいて、自ら体験した怪奇現象を気味悪がって病院を退職した職員や退院した患者さんはいくつかのケースを除いてほとんどいないといってよい。病院という場所は霊現象が起こって当然なんだ、という気持ちの表れであろうか? それにしても実に不思議なことである。
人口百万人を擁する地方都市にあるB総合病院7階病棟。私が担当していたフロアだ。救命救急病院ということもあり、重症患者さんの実に多い病棟であった。予期せず容態が悪化する急変患者さんも多く、ナースステーションには心電図モニターの心拍音が途切れない。
ある日の朝、7階病棟ナースステーションではいつものように入院患者さんの申し送りが行われていた。申し送りとは、夜勤を担当した看護師が夜間に生じた患者さんの変化や問題点などを、日勤担当の看護師に要領よく伝達するミーティングのことである。もちろん医師や看護助手、ソーシャルワーカー、時には病棟事務も参加する。申し送りが終わればスタッフはそれぞれの持ち場に散るわけだが、その日、夜勤を終えた新米看護師が看護主任を呼び止めて何やら話をしている。私はナースステーションの真ん中に置かれた丸机にカルテを広げて検査データの整理に取りかかっていたが、耳に入ってきたその会話の内容を今でもよく記憶している。
簡単にまとめると次のようなことであった。『深夜、病棟内の病室を見回っていた。病室を出てふと前方を見ると、2つ先の○○号室の壁から形のはっきりしない白い霧のような影が出てきて、薄暗い廊下をゆっくりと横切り、反対側の洗面所に面した壁の中に消えていった。』というのだ。話を聞いていて、やはり、と私は思った。というのも以前、病棟のスタッフルーム(看護スタッフの休憩室)でコーヒーを飲みながら、まったく同じ内容の体験談を私はベテラン看護師から聞いていたのである。怪奇現象の起こった深夜勤の時間帯、白い影が目撃された場所、その影の動きかた、そのすべてが私が聞いていた内容と一致していた。当時、その病棟には霊感が強いと評判の看護師(このような職員はどこの病院にも必ず一人はいる。)がいたが、彼女も同様の影を夜勤の時に目撃していたという。都合、7階病棟内の白い影の目撃者は3人になった。
冒頭にも書いたことだが、興味深いことに体験者3人とも白い影を目撃した際に、鳥肌が立つような恐怖感や吐き気を催すような不快感をまったく経験していない。思えば私自身が予備校生の時、はじめて霊に遭遇したときも恐怖心はまったくなく、むしろ、不思議なこともあるもんだなあと淡々と感じたのみであった。例外的な恐ろしい怪談談はそのうちに披露することになるが、病院内で怪奇現象に遭遇したスタッフに話を聞くと、ほとんどの者がその現場で「気味悪い」思いや「身の毛もよだつような」思いをしていない。驚くことに皆、その現場では冷静な心理状態になっているのである。だからその現象に遭遇した時のことは日を経てもよく覚えていて、後日インタビューしても、詳細な部分まで体験の状況を聞き取ることが可能である。私が思うに、彼らが冷静であった分、得られた体験談の信憑性は高いのではないだろうか。多くのスタッフにインタビューを実施したが、どうやら職員や入院患者に後々まで障りを残すような現象はほとんどないと断言できそうである。
先ほどの話の続きであるが、新米看護師の話を聞き終えた主任はあっさりとこう答えた。「へぇそうなの。病棟でそういう経験をするなんて、あなたはもう一人前なのね。」当時、白い影が出没する病室で過去に亡くなった患者さんがいたかどうかを知る者はいなかった。軽症の患者さんが入る部屋だったので、ひょっとすると実際に亡くなった方はいなかったのかも知れない。これは今から15年前も前の話である。今でも深夜になるとこの白い影は壁から現れているのだろうか。
ちなみにその病院が立っている場所は、戦時中に多数の防空壕があったと伝えられるところである。
← 病院の怪談話を投稿したところ、7月号と10月号に掲載されました!(^^)