これまで3回にわたり病院の中で実際に起こった怪談話を6話ほどご紹介してきたわけですが、これらがなぜか友人・知人の間で大ウケなんですねえ。ある友人は「お前が作ってきたコンテンツの中では最高傑作だな。」なんて評してくれています。(誉められているのかナ?)僕は過去に2度、ミステリー雑誌に病院の怪奇体験談を投稿して2回とも掲載されましたが、その話の内容を教えてほしいと複数の方々からリクエストをいただきました。諸都合があって、投稿した文章をそのままの形で載せられませんので、オリジナルの文章に若干脚色をしてここに紹介いたします。それではお読みください〜〜〜〜〜。
第七話 真夜中の病院の廊下で
私は市井の内科医で、病院、診療所に長く勤務してきた。かつて「学校の怪談」が若い世代の間で大流行したことがあったが、生死のドラマを日常とする病院には、学校以上に怪奇現象や怪談話がありそうだ、とあなたはきっと思われることだろう。そして実際にその通りなのである。
周知のことではあるが、我々医療従事者は西洋医学を学んできた以上、病院内での日常診療においては常に科学的思考・科学的態度が要求される。しかし一方で、科学的にはどのようにも説明がつかない不思議な現象を実に多く見聞きするのである。最近ブームが去りつつある感もあるが、「気」の存在についても今のところ医学的な説明は十分には行われていない。にもかかわらず、「気」の存在を肯定する医師は意外に多いのである。
「現代医学はあまりにも技術面が強調され過ぎた結果、病(やまい)を診て人を診ないという風潮が形成されつつある」とはいささか聞き飽きた論調ではある。しかし私はすべての医療従事者は「目に見えない存在(例えば生命や霊)に対する畏敬の念」を常に持ち続けるべきだと主張したい。またそういう医学・看護教育がきちんとなされれば、瀕死の患者さんに心臓マッサージを施しながらジョークを言う馬鹿医者や飴玉を口に含みながら病室回りをする非常識看護師の発生を最小限にくい止めることができるものと信じている。
私が病院で起こった数々の怪奇現象を取材しているのは、それらを単なるオカルト話として面白がるためではない。確かにそれらの中には気味悪く恐ろしい現象もあることはあるが、これらの体験談を知ることで、ともすれば多忙な日々の中で顔を出してしまう、生命に対する傲慢な態度・考え方を改めるきっかけにしたいのである。
世間ではよく幽霊を信じるか否か、ということでちょっとした議論になることがあるが、私はそのような問いかけに対しては常に「霊のようなモノは否定できない。」と答えるようにしている。霊を目撃したことのない人や怪奇現象に遭遇したことのない人には霊魂の存在を信じることはとてもできないだろう、とはよく耳にする理屈であるが、逆に「霊のようなモノが存在するかも知れない」ということが前提にあれば、気味悪い怪気現象も実は不思議でも何でもなくなってしまう。例えば、握りこぶしを突きつけられて、この中に100円玉はあるかないかと問われた時に、自分の目には見えないから「ない」のだと断言することは当然できない。目には見えなくてもそこに「存在する」可能性は十分に考えられるからだ。「におい」を例にしよう。「におい」は目に見えなくても、明らかに存在している。逆に存在することを前提として理解しているからこそ、疑うことはあり得ない。私は目に見えないからといって、霊の存在を完全に否定するような愚行は犯したくないのである。
人口百万人を擁する地方都市、A市。この街は昭和の一時期にみられた活気こそないが、このところ道路や橋がきれいに整備され、若者向けのレジャー施設も次々と建設されている。私の研修医(医師1年目)修行のスタートは、この街の中心部にある救命救急病院B総合病院にて幕をあけた。この病院は広い敷地内に近代的デザインが施された10階建ての威容を誇り、病床数600床以上を有する大病院で、ひっきりなしに救急車により患者さんが搬入され、救命救急外来は日常的に人の出入りがとても慌ただしい。時折テレビのドキュメントで放映される救急病院の姿をイメージしていただけばよいだろう。その病院で修行する研修医は、病院と同じ敷地内にある宿舎に一年間の住み込みを強要されることになり、この修行期間中はアパート住まいをすることが許されない。
研修期間中の若い医師には、2階建ての宿舎内にある「レジデント・ルーム」と呼ばれる小さく狭い個室があてがわれる。(当時の研修医仲間はこの部屋「タコ部屋」と呼んでいた。)自分が当直でない日も重症患者さんが救急車で搬入されれば、夜中にポケットベルが鳴って救急外来に「召集」されることは日常茶飯事であった。
研修医一年目のある初秋の晩のこと、その日の疲れから深い眠りについていた私のポケットベルが鳴った。それは救急外来にCPA(心肺停止患者)が搬入されるとの知らせであった。これが先に述べた「召集」である。詳しく記憶していないが、外来が忙しく人手が足りないから手伝いに来い、といった内容だったと思う。仕方がないな、と思いつつTシャツの上に白衣をさっと羽織り、裸足にスリッパのまま、渡り廊下でつながった本館2階にある救急外来へと急いだ。
その患者さんに対する治療の手伝いは1時間以上に及んだ。処置が終わって先輩医師から部屋に帰って寝てもよいと言われるが、この状況で目は冴えてしまっている。時計を見ると、日付けが変わって深夜の1時半を過ぎていた。救急外来を出た私はレジデント・ルームには戻らずにエレベーターで10階へ。このフロアには院長室、副院長室、医局(医者の控え室のことで、学校でいうと職員室に相当する場所。)、談話室、図書室、医師仮眠室などがある。つまり10階は医師専用のフロアなのである。医師談話室の電気をつけ、白衣を脱いでTシャツ姿のままソファに横になる。真夜中の医師専用フロアは、ナースステーションも病室もないから無気味なほどに静まりかえっている。
スリッパを乱暴に脱いで、そのままソファに身体を横たえたわけだが、そのまますぐに眠れる気もしない。そのうちに少々便意を催したためトイレに行くことにした。起き上がってスリッパをつっかけ談話室を出て、給湯室を通り抜けてトイレへ。誰のためというわけでもなく、長い廊下は真夜中でも電球が薄暗く灯っている。私のスリッパの音だけが廊下に静かに響いた。
大便所に入り用を足しているとあれっと思った。何やら廊下が騒がしい。十数人程度のまとまった団体が、同時に話をしているようなざわめきを私はハッキリと耳にしたのである。例えれば、複数の人たちの間で交わされる会話がトンネルの中で反響するような感じ、と言えばその感覚が伝わるだろう。そのフロアには自分と当直室で仮眠をとっている医者以外に誰もいないはずである。救急外来はもう落ち着いているし、集団で夜の病院内見学をする非常識な団体がいるはずもない。仮眠室にいる当直医の安眠妨害になるな、これは注意をしなければ、と思い水を流してトイレの外へ。すると不思議なことに廊下は不気味に静まりかえっていて、人の気配は全くない。先ほどトイレで流した水の音がわずかに残っているだけである。おかしいな、と思いつつもその時はあまり気にならなかったので、その晩はそのまま別館のレジデント・ルームに戻って眠りにつく。ほどなくしてこの夜の出来事は忘れてしまっていた。
それから3ヶ月ほどたってからのこと。レジデント・ルームで休んでいると、真夜中に患者さんの症状のことで病棟から問い合わせのコールがあった。眠たい目をこすりながら病棟へ出向き、病室で診察を済ませてカルテに指示を記したわけだが、その時に何かの用でも思い出したのだろう、私はレジデント・ルームにではなく10階の医局に向かった。恐らく先ほど病棟で出した指示が医学的に正しいものかどうか、専門書で確認することが目的だったと思う。そして、自室へ戻る前に用を足しておこうと静まりかえった廊下を例のトイレへと向かう。今から考えても不思議なのだが、小用を足すつもりだったのになぜか大便器に座ったのである。寝ぼけていたわけでもないのに。
やがて研修医としての住み込み修行の生活が終わり、病院の外に住むようになってからのこと。ある時、同僚が私の住むアパートに遊びに来たことがある。一緒に酒を飲みながら、何かの話題のついでに私はあのトイレでの不思議な出来事を彼に話したが、驚いたことにその同僚も私と同じ体験をしていたことがわかった。薄気味悪く感じた彼は、後日、レジデント・ルームに住み込み経験のある先輩医師にそのことを話したそうだ。そしてその先輩から例の現象はずいぶんと前からあったこと、この病院が立っている場所は戦時中に防空壕があったところなので、そのことに関係しているのではないかと言われたそうだ。
第八話 ナイフをくれ!
私は市井の内科医で、病院、診療所に長く勤務してきた。かつて「学校の怪談」が若い世代の間で大流行したことがあったが、生死のドラマを日常とする病院には、学校以上に怪奇現象や怪談話がありそうだ、とあなたはきっと思われることだろう。そして実際にその通りなのである。
病院の中で遭遇した怪奇現象の体験談は、病院で働いている職員からばかりではなく、患者さんからも聞くこともある。患者さん方の中には、アルツハイマー病や認知症といった病気を持たれていたり、治療薬の副作用などで幻覚、妄想が起こる状況があったりするので、夜になると病室の天井に人の顔が浮かんだとか、深夜、眠れずにいると耳もとで人の声がはっきりと聞こえた、といった証言内容を一概に怪奇体験談として判断することはできない。しかし時には、その不可思議な現象が事実としか考えられないような場合もある。
人口百万人を擁する地方都市にあるB総合病院の7階病棟、ここが私の担当するフロアであった。初秋のある夜のこと、救急外来から70代の男性が肺炎の治療のために入院してきた。家族によると日頃から物忘れが多く、会話の途中で急に怒りだしたり泣き出したりの状態だったので、近所のかかりつけ医院に相談に行くと認知症と診断されたという。重症肺炎というわけではなかったが、軽症部屋があいにく満床であったため、退院でベッドが空く翌々日まで仕方なく重症部屋で抗生物質による点滴治療が行われることになった。重症部屋は症状が重い患者さんが集められる病室のことで、ナースステーションの一番近くに位置している。そのことにより濃厚なケアが容易になり、容態が急変すればすぐに対応ができるといったメリットがある。
入院したその日の晩からその男性は不穏状態(落ち着かず安静がとれない状態)になった。「おーい、だれか早く来てくれ!ナイフを持って来てくれ!」と大声で叫ぶのである。高齢者の場合、環境が変わると気持ちが落ち着かなくなることがよくある。まして認知症がある上に病気を患い、一日中点滴につながれればなおさらのことだ。その夜は当直医の指示で、安静を保つために鎮静剤(気持ちを落ちつかせる薬剤)の注射を打ったためか、なんとか静かに夜を過ごせたようだ。そして翌日、再び夜を迎える。
「おーい、おーい、早く来てくれ!」「お願いだからナイフを持って来てくれ!」と男性は昨晩のように大声で叫びだした。その日の夜勤看護師が男性に尋ねる。「どうしてナイフが必要なんですか?」と。すると男性からとんでもない答えが返ってきたそうだ。「部屋に人が入ってくるんだよ。人が。俺の前を通って隣の人の所に行くんだ、そして悪さをする。」
「この男性は夜間に不穏がみられる。不穏状態の時には鎮静剤の注射が指示されている。」昼間の担当看護師からこのように聞いていた夜勤者は、医者の指示通りに男性に鎮静剤を注射した。もちろんその後、病室から叫び声は聞こえてこない。
翌日、無事に治療が済んだために予定通りに退院する患者さんがいて軽症部屋が空いたので、この男性は病室を替わることになった。すると不思議なことにその日の夜から、二晩あれだけ大声で叫んでいたのがウソのように落ち着いて、ぐっすりと眠れるようになったのである。こういうエピソードはよく経験することなので、病棟スタッフは特に気にも留めなかった。
その日の夕方、30代の男性が気管支喘息発作で入院することになった。季節の変わり目は喘息発作が悪化しやすい。実は気管支喘息発作は悪化を放置すると命にかかわる大変な病気なのである。一晩は酸素吸入ができる部屋がいいだろうという主治医の判断があったが、あいにく重症部屋しか空いていない。翌日には一般病室に移ってもらうことを本人に了承してもらい、ナースステーション横の重症部屋のベッドに一晩だけ休んでもらうことにした。
点滴治療の効果があってか、幸いにもこの男性の発作は悪化せず、翌朝にはずいぶんと呼吸も楽になっていた。早朝、深夜勤務の看護師が検温のため病室を訪ねると、彼からこう言われたという。「看護師さん、信じてくれる? 夜中にね、そっち(ナースステーション)から女の人が音もなく入ってきてね、隣のベッドの人をじっと見下ろしていたよ。」その夜勤のナースは前日ここにいた肺炎の男性の話をまったく知らなかったので、この話は処置をしながら軽く聞き流していたという。
重症部屋にいる「隣のベッドの人」とは、脳こうそくを発病して意識を失っており、人工呼吸器がなければ命が維持できない、極めて症状の重たい患者さんであった。重症ながらも病状は安定していたが、この日のうちに急に心停止の状態となり亡くなっている。もしかするとこの女性の正体は俗にいう「死神」なのだろうか? なおその後、この部屋でそのような女性の目撃談は聞かれなくなった。