40年以上も生きてきますと、それなりの人生経験を積むことにはなりますねえ。毎日の生活における喜怒哀楽については自分自身のことだけにとどまらず、たくさんの方々との出会いを通して、その多彩な人生模様を学ばせてもらった場面もたくさんありました。
ありがたいことに、今では仕事もプライベートも充実した生活が送れている僕ですが、10年ほど前まで(30歳代前半頃)は経済的にも精神的にも「どん底」の状態でした。その苦境を乗り越えることができたのは、僕がまだ若くて元気いっぱいであったせいかも知れませんが、自分の力になってくれた方々との不思議なご縁のおかげであることも間違いありません。
最近思うんですよ。僕は『運』がよかったなぁ、と。今の僕は決してお金持ちというわけではないし、仕事の面でも安泰に出世コースを歩んでいるというわけでもない。でもですね、不思議なことになぜか非常によいタイミングで周囲からのアドバイスや状況の変化があって、結果として自分の力が最大限に発揮できることになるんです。一方そうかと思えばですね、何でこんなに素晴らしい人にここまで不幸や試練が続くのだろう、と心から同情しつつも首をかしげてしまうことがあります。
だから『運』はとても大切だと思うんです。自分で言うのもおかしいですが、僕は自分を比較的ラッキーな男だと思っています。でも、ただじっとしていて何もせずに『素晴らしい出来事』や『素晴らしい出会い』を待っているわけではないんですね。苦境に立たされていた当時の自分に対してある方が言ってくれた『小さな福運を積み上げろ!』 この言葉が苦しい人生の局面で僕の人生観を大きく変えてくれたアドバイスなんです。僕にとっては非常に大切な教えですが、あなたの生活や人生に直接役立つかどうかはわかりません。でも今回はこの言葉の意味についてお話したいと思います。僕の体験談ですので、まぁ、気楽に暇つぶしにでもお読みくださいね。
最近特に感じるんです。人にはそれぞれ「運」のレベルがあるのだなぁ、と。次から次へと成功へのチャンスがめぐってくる人がいると思えば、長い間一生懸命、真面目に努力してもなかなか結果が出ずに報われないでいる人もいる。(実は10年前の僕がまさにその状態でした。) 人は平等だ、好調の時もあれば不調の時もあるさ、とあっさり片付けてしまうこともできますが、人によって好調の波、不調の波の「大きさ」に差はありますよね。運の弱い人ほど好調の波は小さく、不調の波は大きい。この事実は認めざるを得ません。
どん底状態だった僕は、ツイていないのは僕の宿命なんだ、と自分に言い聞かせつつあきらめ気分で過ごしていましたが、先ほどのアドバイスをくれた方から「それは違う」と一喝されてしまいました。彼によれば、運は固定されるものではなく『運ばれるもの』、つまり変化するものだというのです。続けて非常に興味深い話を聞くことができたのでした。
彼によれば、「人は自分と同じ運の波長を持つ者に寄り添いたがるものだ。そのような者同士であれば、さまざまな物事に対する考え方が似ているはずだし、興味や趣味も合うから一緒にいて居心地がいい。だから観察してみてごらん。街や電車の中でグループを作っている連中は同じような服装、話し方、何よりも同じ目の輝きをしているよ。それとね、そのようなグループの中には必ず『運を決めるボス』、言いかえれば周囲の運を良い方向か、悪い方向かのどちらかに導いてしまう核となる人がいる。このことはその本人もまわりの連中も全く意識していない。そして残念ながら、核となる人はそのほとんどが仲間の運を落とす強いエネルギーを持っている。」というのです。
あなたに気の合う仲間たちのグループがあるとしましょうか。あなたがその中で居心地がいいのは、彼らの持つ「運」のレベルがあなたと同じくらいだからだということになります。ここで気をつけるべきことは、そのグループの中に仲間たちの運を引き上げるか、引き下げるかする強い力を持ったボスが1人いて、ほとんどのケースで知らず知らずのうちにボスに運を落とされる方向に引っ張られていかれてしまう、ということなのです。この話は当時の僕にはいささかアホらしく聞こえました。
しかし後になって冷静に考えてみるとですね、つらかったあの時期、僕の悩みを真剣に聞いてくれる仲間たちはいたわけで、彼らがいつでも快く僕の苦労話を聞いてくれることをいいことに、僕は彼らに対して相談やグチをしきりに口にしていたのでした。しかしその結果、僕がその仲間たちの運を低い方に引っ張ったボスになっていたともいえるのです。なぜなら、仲間の1人はそれから数ヶ月後に事業に失敗して消息不明になり、別の1人は数年の間に家族が次々と亡くなり、さらには詐欺にあって財産を失うという憂き目にあっていたのです。これは単なる偶然なのだろうか?
それからでしょうか、僕は柄(がら)にもなく「幸せになる方法って具体的にはどのようなものなのだろうか」と考えるようになったのでした。経済的に困り果てていた頃は、「お金持ちになる方法」という種のタイトルの本を買っては読みあさっていました。今でも、その中の一節を憶えていますよ。金ピカに光るものを常に身につけておきなさい、そうすればお金からあなたのほうに寄ってきます、ってと書いてあったな。(笑) ある雑誌で幸運を呼ぶペンダントなる物を見つけ、通販で購入したっけ。そのペンダントを身につけた結果、なぜか状況はひどくなるばかり。新興宗教の勧誘にもひっかかりそうになったけれど、幸せになるためにはかなりの金額のお金が必要だと聞いてキッパリお断りしましたねえ。
どうもその頃の僕は、幸運=金運と勘違いしていたようです。今になって思えば、この不況の世の中においてでさえもあまたいると思われるお金持ちの方は、決してすべてにおいて安泰というわけではなく、それなりに大変な苦労をされているんですよね。僕の知人で、月に数億円ものお金を動かす会社の社長さんも、苦労が絶えなくて胃を悪くしているんだ、と言ってました。人はそれぞれ器(うつわ)といいますか、度量が違いますからね。もし、僕みたいな男がいきなり数億円ものお金を手にしたらどうなるだろう。すぐに頭が壊れるか、騙されるか、仕事もせずに贅沢をして短命に終わるんじゃないかな、なんて考えますねえ。たくさんのお金を上手に扱える人なんて、この世にはほんの一握りしかいませんですよ、きっと。僕はこれまでの人生経験上、貧乏にはなりたくない。しかし大金持ちにもなりたくない、というのが正直な気持ちですね。
祈祷や占いによって宝くじに当たった、病気が治った、困難に打ち勝てたと言う話をよく聞きます。もちろん、このことはとても素晴らしいことだし、僕は医者ですけれども祈祷や占いの効能を一応は肯定しています。しかしですね、1万円で千円の買い物ができても、千円で一万円の買い物ができないように、1万円分の運で千円分の幸運を手にすることは問題ないとして、逆に千円分の運しか持ってない人が間違って一万円分の幸運をゲットしてしまうと、僕は何だか後が怖い気がしてならないのです。今後、その人の財産や健康や命は大丈夫だろうか?
運を積み上げろ、とアドバイスをくれた方は僕にこう言いました。「君が60歳になったときに幸せだな、と感じる状況を考えてごらん。たとえ贅沢ができなくても、家族が安心して生活できていて、自分も健康に恵まれ、友達に囲まれ、衣食住に苦しむことがなければ一応幸せといえるんじゃないかい?そのような生活を実現するためにコツコツと運を積み上げていくんだよ。これからはいろいろと生きにくい時代になるからね。お金の貯蓄ばかりではなく、運の貯蓄もしておかなきゃ」と。
バブルがはじけて親の商売が失敗し、多額の借金を背負わされた僕は本当にお金に困っていたから、幸運=金運と狭い了見におちいってしまったのは仕方ないかも知れない。でもですね、先ほどのアドバイスを受けてそれまでの考え方が少しずつ変わっていったのです。その時に教わった具体的な「運の貯蓄法」を以下に記してみます。最初は正直いって馬鹿馬鹿しいと思いつつ実践していたんですが、数年後、面白いことにその効果はハッキリと現れました。借金問題に詳しい法律家を紹介され、給料のよいバイトにめぐり合い、正しい借金返済の知識を教えてくれた地元銀行の支店長と親しくなり、無利子で多額のお金を僕に融資してくれた方が現れる。冒頭に書いたように、さまざまな方々との不思議なご縁ができたわけです。
前置きがかなり長くなってしまったわけですが、今から僕が学んだ『運の貯蓄法』を3つご紹介しましょう。今日からでもすぐに実行できますよ。
<その1>自分より強運な人に1人でも多く近づくこと。このことが大原則です。実は僕は今もなお実行しています。どん底時代の僕がまずとった方法は、大学教授(いわゆる社会的地位のある人。この場合、その人が人間的に素晴らしいかどうかは全く関係ありません。あくまでその人が持っている『運』をもらうためですからね。)、会社社長・役員(経済的地位の高い人)、くじ運のよい人、自分に持ってない何かを感じる人などに積極的に近づくこと。専門的な会話など必要ありません。簡単な挨拶程度でもよいかと思います。自分が仲のよい友達の輪の中で違和感なく過ごせている間は運の向上はないと理解してよさそうです。
<その2>他人の不幸話に真剣に耳を傾けないこと。こんなことをいいますと、お前はなんてヒドイ男なんだとお叱りを受けそうです。でもですね、自分にエネルギー(運や元気)がない時に他人様の不幸話を聞かされると、それはもう本当に脱力感ばかり残りますよ。この場合、自分より運のない方に、努力によってせっかく積み上げてきた運を持っていかれるわけですね。だから運の強い人は他人の不幸話を生理的に極端に嫌う傾向がありますよ。だからせっかく運の強い人と知り合っても、自分勝手で面白くもない身の上話ばかりしていると、いつの間にかお付き合いがなくなります。運のレベルがあまりにも違いすぎると、お互いに自然と離れていってしまうものなんですね。だから逆を言えば、あなた自身の運が次第に高まっていけば、必然と運のレベルの低い人たちはあなたから遠ざかっていくことになるわけです。
<その3>他人の悪口を言ったり、他人に害を及ぼすような行為を絶対にしないこと。このことは先ほどの話とも若干関連しますね。運の悪い人ほど他人をねたんだり、恨んだり、いぶかしがったりする傾向にあります。その場合、ヘタに相手に突っかかるとその相手の不運をひょいと自分が背負い込むことになりますよ。だから、あなたが日常当たり前に付き合っている人や出会う人に対しての悪口や暴力は絶対に禁物です。逆に言えばあなた自身が誹謗・中傷された場合、相手の人生にあなたの悪運や不運が乗り移るわけですら、それはもう飛び上がるほど喜ばなくてはいけません。僕の場合も自分にイジワルする人がいれば、自分の悪いものをこの人が持っていってくれるのだと心の中で感謝したものです。だからどんどん他人からいじめられたほうがいい。イジワルな人にいたぶられるということは、残念ながら、あなた自身にその人と同じ程度の運しかないということになります。だから、いじめられた後にその人より運がずっと良くなった時、イジワルな奴はもはやあなたに近寄りません。いや、近寄れなくなるのです。
最後に。この生きにくい世の中、苦しいときの神頼みという気持ちは仕方ないと思いますが、運は努力なしに、またお金をかけたからといって身につくものではありません。(むしろ人のためにお金を使った方がずっとましですね。)この世の中、落とし穴だらけです。目先の小さな利益を追い続けるより、もっともっと先を見つつ悠然と生きていきたいなと僕は思うのです。小さな福運を積み続ける努力を続けながら。