あなたは看護の日をご存知ですか?日本看護協会のホームページの記載によりますと、「21世紀の高齢社会を支えていくためには、看護の心、ケアの心、助け合いの心を私たち一人一人が分かち合うことが必要です。こうした心を老若男女を問わずだれもが育むきっかけとなるよう、旧厚生省により「看護の日」が1990年に制定されました」とあります。ナイチンゲール生誕記念日である5月12日が看護の日に定められておりまして、この日に近い土曜日・日曜日には全国の病院でさまざまなイベントが催されます。
実を言いますと、現在勤めている職場で僕は「企画委員長」なる名誉な称号(?)を与えられた時期がありまして、病院内外で開催される「企画モノ」の総統括をしなければいけなかったのでした。多忙な業務に加えて何かとストレスの多い仕事ではありましたが、やるからにはキチンとしたものを作りあげよう!というモットーだけは常に忘れずに頑張りましたよ。(^^)V
さて、僕は看護の日を開催(担当)するに当たって相当悩みました。周辺地域の方に興味を持っていただき、かつ病気について勉強をしていただけるようなイベントを企画しなければならなかったからです。そんな時、僕はある一冊の本と出合いました。それは女優・真屋順子さんの著書「ありのまま」(主婦の友社)だったのでした。真屋さんは僕らの世代にはとてもなじみ深い方なのですが、お若い方はご存じないないかも知れないですね。真屋さんは大分県日田市のご出身。俳優を志されて、上京後はいくつかの劇団に参加されています。そして1980年に夫である高津住男さんと劇団樹間舎を旗揚げなさいました。『おはなはん』、『となりの芝生』、『コメットさん』などのテレビドラマで活躍され、1976年から放送され高視聴率を記録したバラエティ番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』にお母さん役でレギュラー出演されました。2000年12月23日に音楽会の司会をされていた最中に脳出血を、そして2004年には脳梗塞を発症されてしまいます。高津さんと二人三脚のリハビリテーションの模様やまさに命がけの舞台の模様は、よくテレビの特番に取り上げられていることをあなたはご存知でしょう。
思いついたら人の意見も聞かずにさっさと実行する僕の悪いクセが、この度は功を奏したようです。真屋さんを講演会の講師に招聘しよう!と思いきや直ちに劇団樹間舎に連絡を取り、一週間も経たないうちに出演交渉が成立しました。今から考えても不思議なのですが、実にスムーズな流れでしたねえ。
講演会当日、真屋さん・高津さんを迎えるスタッフはガチガチに緊張していましたが、それも一瞬だけでした。お二人の笑顔、柔らかい物腰、お人柄に触れて場の雰囲気はすぐに和み、講演会の打ち合わせは極めて順調に進みました。僕は企画委員長としてご挨拶をせねばならず控え室にお二人を訪ねましたが、名刺の交換で僕が脳卒中とリハビリテーションを専門にしている医者であることを知り、真屋さんはさまざまなご質問をなさいました。詳細は記しませんが、真屋さんはその笑顔の裏でどれだけ辛いリハビリテーションに耐えていらっしゃったかが僕には本当によく理解できました。これが女優魂なのだろうか、と驚嘆と感慨を覚えましたね。
講演会は多数の聴講者の前で行われました。会場は開演30分前から開放されましたが、イスが足りるだろうかと心配になるほど好調な出足でした。講演会はお二人の対話形式で進められましたが、僕にはお話の内容もさることながら、真屋さんを常に気遣う高津さんの優しさが印象に残りました。
病気を理解された時の苦悩、舞台に立ちたいという強い意志、多くの方々との出会いなど、一つ一つのエピソードが実にていねいにお二人の口から語られました。真屋さんのユーモアある口調に時に笑いあり、そして涙ありの一時間でした。真屋さんと同じ病気のために車イス生活を余儀なくされている方には特に胸に迫るものがあったようです。当院のスタッフも真屋さんのお話に感銘を受けたようで、大いに勉強になったようでした。
それでは最後に真屋さんの著書から一部を引用させていただきます。この言葉にどれだけの患者さん方が救われたことでしょう。
『病気は“自分試し”ではないかと私は今思っています。こんな体になったから、もう人様の前には出られないわ、芝居も誰かに役を譲るわ、とあきらめていたら、私はそれっきりで終わっていたでしょう。しかし、こういう体でもできることがあるはずだと考えて試してみたら、できることもあるのです。これからも、この体でいったいどんなことができるのか、いろいろなことを試していくつもりです。元気なときはこれを“挑戦”と呼ぶのでしょうが、私の場合は“試し”です。人生には「こうでなければいけない」なんてルールはないのです。この方法がダメだったらこっちの方法を試してみようという柔軟ささえあれば、可能性は広がっています。私にどんなことができるかしらと試していくのはわくわくする楽しみでもあるのです。』(著書「ありのまま」より)