[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック




源じいの「Go! Go! クラシック」(第2回)
ドヴォルザ−ク チェロ協奏曲 ロ短調 第三楽章


 源じいの「Go! Go! クラシック」第2回のテーマには有名なドヴォルザ−クのチェロ協奏曲を取り上げます。さて、皆さんご存じのようにドヴォルザ−クの作品といえば、この曲以外にも交響曲第9番「新世界」やピアノ連弾曲のスラブ舞曲、「ユーモレスク」などが有名ですが、彼の作品全体を貫く特徴を一言でいうならば「その比類のないメロディーの美しさ」であると断言しても間違いではないでしょう。あのブラームスが『あいつ(ドヴォルザ−ク)の仕事場のゴミ箱の中にあるメロディーをかき集めても立派な交響曲が書けるだろう。』と感嘆したことは有名です。最近僕は年をとったせいか(?)何かにつけてジンときてしまうことが多いのですが、この協奏曲の根底に流れる郷愁やノスタルジアに触れるたびに大きな感動を覚えてしまいます。今回はドヴォルザ−クのこの作品を通して音楽の味わい方、愉しみ方って一体どんなものなんだろう、ということも少しばかり考えてみたいと思います。

 もしあなたが『大好きな曲は何ですか?』と聞かれて答える曲は、たいてい次の3つに分類されると思います。一つ一つ挙げてみましょう。まず、あなたが『その曲を発表したミュージシャン(ア−ティスト、作曲家)のファンである』場合、次に『メロディーが親しみやすくてノリがいい(かっこいい)、あるいは歌詞がいい』曲である場合、最後に『その曲に特別な思い入れがあったり、メロディーを聴くたびに思い出や楽しい感情にひたれる』場合、とこんな感じではないでしょうか。

 もちろん僕はこの曲をはじめドヴォルザ−クの音楽全般が大好きなのですが、それは上に挙げた3番目の理由によるものだと思っています。彼の生み出す旋律っていつ聴いても懐かしさや郷愁みたいなものをついつい感じてしまうのですが、どうやらそれはドヴォルザ−クの生い立ちや経歴に大いに関係しそうです。ここでそのことに簡単に触れておこうと思います。

 ドヴォルザ−クは1841年にチェコの片田舎に生まれ、美しい自然や素朴な人々に囲まれて貧しいながらも幸せな少年時代を過ごしたようです。彼は終生この地を愛していたため、作曲家としての名声が高まって音楽の都ウィーンに移り住むように勧められてもそれを断っています。ですから1892年にニューヨークへ国民音楽学校の校長としていったん赴任はしましたが、故郷を思う気持ちがあまりに強かったため3年後には帰国しています。実はこの協奏曲はアメリカに住んでいた時に作曲されたものなのでした。

 このチェロ協奏曲のどの楽章も素晴らしいのですが僕は特に最終楽章(第3楽章)に惹かれます。冒頭で聴かれる情熱的な主題には故郷を強く想うドヴォルザ−ク気持ちをくみ取ることができます。そのテーマはチェロの独奏からオーケストラに引き継がれ、やがてジプシーの舞踏にも似た情熱的な旋律がチェロの高音によって歌われます。そしてチェロとオーケストラの力強い共演が一段落すると、今までの激しさとは対照的に今度は故郷での懐かしい思い出や慣れ親しんだ風景が優しく語られます。この部分がとても素晴らしい。


 このクラリネットによって奏でられる柔らかい旋律とそれを修飾するチェロの応答は、あたかも過ぎ去った良き日々の思い出を情感を込めて語る人とそれを楽しく聞いている人との会話を表現しているように感じてしまいます。クラリネットの旋律の音程が下がると、対してチェロの旋律は上行しますのでこの2つの楽器によるかけ引きはちょっとした安定感を聴き手にもたらしています。これはまさしくドヴォルザ−クの技ですね。ですから、ただ単にメロディーが美しいだけでは名曲たり得ないのだと思います。そしてもう一つ。やがてその美しいメロディーを支える伴奏の和音が長調と短調とをめまぐるしく行き来します。このような変化は一般的に曲想に不安定な雰囲気(時に不快感)をもたらすはずなのですが、この曲の場合はその不安定さ故にかえって強いノスタルジアを表現することになっているようで、逆にある種の「安定感」をかもし出しています。「不安定の中の安定」といった矛盾が美しい響きとなって聴き手の胸を打つんですね。

 この静かな部分が終わるとチェロの動きは再び活発となり、また冒頭の情熱的なテーマがよみがえってきます。やがてまた静けさが戻るのですが、そこに現れるチェロの旋律がまた素晴らしいのです。


 クラリネット2本とファゴット2本のみを伴奏にして歌われるこのチェロの美しい旋律を何と形容して良いのか言葉が見つかりません。先の楽譜に示した部分を対話に例えるなら、ここは明らかに回想です。静かな部屋でゆったりとくつろぎつつ、目を閉じて様々な回想にふけるドヴォルザ−クの姿が思えて仕方ないのです。そしてこの回想はやがて故郷への激しい想いに変わっていくのですが、ソロのヴァイオリンが高音でこのテーマを熱く響かせるあたりから、少しずつ全体が静かに穏やかになっていきます。やがてテンポもゆったりとなり、弦楽が奏でる動きの少ない p 〜 ppp (弱く〜極めて弱く)の伴奏の上にチェロは情感を込めて何かを語り出します。(僕はいつもこの部分で、少年時代に見て感動した真っ赤な夕焼け空の記憶をよみがえらせます。)この回想の部分が終わると、やがてオーケストラの嵐のような響きの中で曲は閉じることになります。

 以下は僕の持論で学問的な根拠は全くないのですが、『クラシックに限らず、すべてのジャンルの音楽を愉しむために言えることとして、聴く側の感性を常に磨いておくこと、それからその曲の作られた背景をある程度知っておくことが大切なのではないか』と感じています。「感性を磨く」といってもそれは大して難しいことではなくて、例えば月や星を見て宇宙の不思議を感じたり、庭に咲いている花を見てきれいだなアと思うような心を日頃から養っておけばいいのではと思うのです。日本人の右脳は「イメージ脳」と言われています。ですからこの右脳を鍛えることによって音楽を接するだけで様々なイメージが湧いてきますから、何度聴いても音楽を存分に楽しめるわけであります。それとその曲が作られた背景をある程度知っておくということですね。皆さん「黒人霊歌」ってご存じですか? 僕はアメリカにおける黒人の歴史を知り、この霊歌の生まれた背景に触れた後にこの「黒人霊歌」を聴いた時、身震いするような感動を覚えた経験があります。もちろん音楽の愉しみ方は人それぞれですから特定の方法を強要する必要はないのですが、僕らは殺伐として何かと面白くないことの多い世の中に生きなければならないからこそ、せめて音楽によって自らの心に安らぎや感動を与えることって大きな意味があるのではないかと思うのです。

 最近「癒し系」の音楽が流行(はや)っているようですが、ドヴォルザ−クのこの協奏曲こそまさに「癒し系」クラシックの典型です。堅苦しくてイヤだと決めつけずに、コーヒーでも飲みながらゆったりとした気分で聴いてみてください。大チェリストであるムスティスラフ・ロストロボーヴィッチの演奏が特にお勧めです。