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源じいの少年時代(音楽と鉄道に目覚めた頃)



 今、改めて思います。もし音楽や鉄道趣味に出会わなかったら現在の自分は一体どうなっていたのだろう。

 まあ、それなりには生きてはいたのでしょうけれど、やはり今ほど楽しくはなかったでしょうね。僕は幼い頃から音楽(特にクラシック)と鉄道がとても好きでした。その気持ちは今だに少しも変わらないし、またそれらの趣味を通じて得た友人も多いのです。何かとても不思議な感じがします。

 僕が2歳の時、国鉄両毛線沿いに住んでいたこともあっていつのまにか鉄道が好きになっていたようで、おもちゃの鉄道模型でよく遊んでいました。(全く憶えていないんですけど。)昨年、写真の整理をしていた際に何気なく当時の写真を見たところ、線路を敷き新幹線を満足げに握りしめている幼い自分を見た時に、現在の自分の姿が重なってしまっておかしいやら、恐いやら。周囲は大爆笑でした。

 まるで今の自分の姿。

 僕が音楽(というよりピアノ)に接したのは4才の時でした。親の話によると、2〜3才の頃からすでにおもちゃのピアノに異常なまでの関心を示していたらしく、いったん遊びはじめるとなかなかやめようとはしなかったそうです。知り合いのピアノの先生から『このままでは正しい音感が得られない。本物のピアノを買ってあげて下さい。』と言われ、当時大貧乏だったにもかかわらず、母親は自分の大切にしていた琴を売って僕のためにピアノを買ってくれたのでした。

 おもちゃのピアノで夢中に遊んでいた頃。

 本格的に鉄道が好きになったのは、群馬県から生まれ故郷の北九州の小倉に帰って来た10才の時です。当時通っていた小学校がちょうど日豊本線の沿線で、校庭の向こうが線路なのでした。そして休み時間になると友達と一緒に校庭のブロック塀にもたれかかって、やって来る電車の運転手さんに向かって手を振っていたものでした。

 鉄道大好きな悪ガキだった頃。その1。

 休みの日には友達と最寄りの南小倉駅に行き、入場券を買ってホームに出て列車に乗って(!)よく門司港まで行ったものでした。当時はドアの閉まらない客車が走っていたので、デッキに身を乗り出して風を全身に受け、子供心に興奮していたのを今でも覚えています。切符もかなりの数を所有していたのですが、小学校5年の時に友達にあげちゃいました。

 鉄道大好きな悪ガキだった頃。その2。

 当時よく電車の写真を撮りに行っていましたが、その一部は当サイトの『鉄道模型の部屋』の『懐かしの日豊本線』のところでギャラリーとして載せてあります。よろしければご覧下さい。

 30歳代半ばになっても、子供の頃の夢や憧れや好きだったことというのは本当に心の中にしっかり生きているものなんですね。よし、これからも大いに遊ぶぞう。

 晴舞台。ピアノの発表会にて。