平成18年が間もなく終わろうかという12月のとある日。面倒くさがり屋の僕は殊勝にも年末の大掃除をしようと心に決めたのでした。(ちょっと大袈裟すぎますネ〜〜。)今年は押し入れの奥に積まれた不要な本を処分することにしたのであります。そしたらですね、いやに古い本が出て来たのですよ。「週刊読売」という雑誌なのですが、これがまた随分と昔のモノなのでした。

なんと昭和45年(1970年)に発行された雑誌なのであります。昭和40年生まれの僕が5歳の時に発行されたのですねえ。これは古い〜〜〜。好奇心旺盛な僕は、まず雑誌を読みはじめる前に昭和45年がどんな年だったのかを予習してみました。
昭和45年の主なできごと
1月 「喜劇王」と称されたエノケン(榎本健一)さんが逝去。
3月 日本万国博覧会が大阪で開催された。/赤軍派学生9人が日航機よど号をハイジャック。
5月 日本山岳会エベレスト登山隊の植村直己さんと松浦輝夫さんがエベレスト初登頂に成功。
8月 東京銀座などで歩行者天が実施された。
11月 「不幸の手紙」が全国に広まる。/作家の三島由紀夫さんが東京自衛隊東部方面総監部に乱入し割腹自殺。
昭和45年にヒットした歌謡曲
黒ネコのタンゴ/皆川おさむ ドリフのズンドコ節/ザ・ドリフターズ
圭子の夢は夜ひらく/藤圭子 あなたならどうする / いしだあゆみ
空よ/トワ・エ・モア 老人と子供のポルカ/左卜全とひまわり
夜と朝のあいだに/ピーター もう恋なのか / にしきのあきら
昭和45年に流行したテレビ番組
大河ドラマ 樅の木は残った (NHK) 細うで繁盛記 (日本テレビ)
時間ですよ (TBS) あしたのジョー (フジテレビ)
ありがとう (TBS) 連続テレビ小説 虹 (NHK)
アテンションプリーズ (TBS) おくさまは18歳 (TBS)
ハレンチ学園 (テレビ東京) おさな妻 (テレビ東京)
昭和45年に人気のあった邦画・洋画
家族(松竹) どですかでん(四騎の会) 男はつらいよ 望郷編(松竹)
イージー・ライダー(米) 明日に向って撃て(米) M★A★S★H(米)
冬のライオン(米) 地獄に堕ちた勇者ども(伊) ひとりぼっちの青春(米)
(参考)ちなみに当時の日本のマイカー普及率は4世帯に1台。(これは驚き!)
さて、昭和45年をしっかり予習した後に読みはじめました。う〜ん、でもですね。何といいますか、退屈な記事が多いのに驚いた次第です。やはり時代が違うんですかねえ。逆に現代の週刊誌の刺激の強さを認識しましたね。まあ、それでも興味深い記事や笑える記事がいくつかあったのでここに紹介しましょう。
1 街頭でキスの実験
男女の俳優さんを東京の街なかでキスさせて、周囲の人々の反応をみようという(しょうもない)実験です。場所は新宿駅前広場だったり、地下鉄電車の中だったり。街頭でのキスは今では決して珍しい光景ではないんでしょうが、外人さんの姿も少ない当時の事でしたから、やはり目撃した人々の反応はあまり好意的なものではなかったようです。不機嫌そうな顔で額にシワを寄せる年配のサラリーマン、興味深そうに観察する高校生、会話中でも気になってチラチラと視線を向ける「貴婦人(文章のまま)」など。特に僕が笑ったのは、数寄屋橋公園での演技中にお巡りさんがやってきて、「こら、こんなところで何をしている。公然ワイセツ罪だぞ。あっちに行きなさい!」と2人を叱ったくだりです。こんな時代もあったのですねえ。ちなみに記事の最後には朝日新聞が各界著名人に行ったアンケートの結果が載っていました。質問は『これから恋人同士が街頭でキスする時代になると思うか?』で、「なる」が56人、「ならない」が44人だったそうです。
2 キス・コンサルタント?
キスの話題のついでにもう一つだけ。当時の芸能界では、ドラマの中でのキスシーンに抵抗感をいだく女優さんが多く、番組のプロデューサーはとても困っていたそうです。そこで、キス・コンサルタント(そんな商売あるんですかねえ?)の「岡島さん」なる人をスタジオに招聘(しょうへい)して指導にあたらせたと記事には書かれています。ちなみにその本文中には「岡島さん」についての簡単な紹介がありますので、以下にそのまま書いてみますね。『岡島さんはキスの本場フランスほか、ヨーロッパ各地でキスの勉強をしてきた』そうです。あはははは。
3 ああ、懐かしいテレビ!

雑誌中の折り込み公告にいろんな商品の宣伝がありましたが、思わず「懐かしいっ!!」と口に出してしまった商品がこれ。液晶・プラズマテレビなんて夢のまた夢、というよりもそんなもの全く想像がつかない時代のテレビです、ハイ。もとよりリモコンなんてものもありませんでしたね〜〜。カチャカチャとダイヤルを回すように手動でチャンネルを変えるのですよ。僕が子供の頃のテレビはこんな型ばかりでした。そうそう、小学校時代に友達の家でみたテレビは、その下にコタツみたいに四脚がついていたなあ。(遠い目.....)ビデオデッキなんてものはなかったから、脚のないテレビはだいたい背の低いタンスの上に置いてあったか、四脚があるものは、その下に週刊誌や新聞紙なんかが重ねて置いてあったりしたものです。ちなみにこの広告によれば、テレビの値段は99,800円〜149,000円になっていますね。あるデータによれば、当時の大卒の初任給は3万7000円だったそうですから、ナショナル・パナカラー・テレビがいかに高価なものであったかがわかりますね。
4 ブラック・ユーモア
記事の中に「ブラック・ユーモア 歳事記」なるコラムがありました。ここはいちいち解説の必要がないと思いますので、記事そのままを書いてみましょう。『テレビのコマーシャルを注意深く見聞きしている人なら、だれでも知っていると思うけど、いま放送されている有名メーカーの紅茶のコマーシャルの中に、紅茶をティーカップにつぐシーンに、とても愉快な擬音を使っているのがある。音だけ聞いていると、起きぬけに水洗トイレに向かった男が、一晩膀胱(ぼうこう)にたまった小便をさわやかに排泄(はいせつ)している情景をありありと連想させられるほどのリアルな感じがよくでているのだ。紅茶をつぐシーンに小便の音を擬音として用いるというのは悪くないアイディアだ。』あ〜あ、しょーもないですねえ。
5 電子ソロバン!!
雑誌の裏表紙にも広告がありました。その名も「電子ソロバン」!!!

その売り文句に「必要なとき、すぐその場でキーをたたくだけ。瞬間、鮮やかなグリーンの数字が答えます。」とありました。今の時代ならばコンパクトサイズの電卓が簡単に手に入りますけど、この電子ソロバン、実にサイズがデカイですねえ。それに値段が99.800円と117,000円となってます。先ほどの大学卒の初任給を思い出せば、当時の電子ソロバンはサラリーマンにとって高嶺の花であったことがわかりますね。過去を知ることで現在の我々の生活が見直せるきっかけとなった週刊誌でした。