最近読書が好きになりました。もちろん暇つぶしの目的もありますが、予期せずに感動する文章に出会えるのが魅力なんですね。ここでは私のお気に入りの詩の一部を紹介いたします。まずは八木重吉の詩です。
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐へかねて
琴はしづかに鳴りだすだろう
いいでしょう。この詩に対してはいろいろな解釈ができると思いますが、本当に良いもの、美しいもの、素晴らしいものに出会える感動っていいものですよね。私は『琴』を『心』に置きかえて読んでいます。著名な詩人による作品は当然素晴らしいのですが、時には無名の人の作る詩でも感動してしまうものです。次の詩は実の妹さんを自死により亡くされた女性が作られたものの一部です。
背を向けた炎の謎は
そのまま山間の火葬場で夕暮れに溶けていく
甘えた肋骨を掻き集めるとき
降りそそぐ怒りの砂を
自分の胸にしっかりと抱きとめる
この詩を始めて読んだのは私が中学3年生の時でした。学校での国語の成績は決して良くはなかったけれど、この詩の持つ言葉の迫力には圧倒されました。重たい内容ですが、よく味わってみると色彩が豊かで決して暗さのみで終始しない点が素晴らしいと思います。次は坂村真民という人が作った詩です。
かなしみはみんな話してはならない
かなしみはわたしたちを強くする根
かなしみはわたしたちを支えている幹
かなしみはわたしたちを美しくする花
かなしみはいつも枯らしてはならない
かなしみはいつも湛(たた)えていなくてはならない
かなしみはいつも噛みしめていなくてはならない
悲しみとか苦しみはすぐに愚痴になってしまいます。それを戒めたのでしょう。そう言えば『法華経』に次のような教えがあります。
どんな悲しみがあろうとそれを決して口に出すな、胸の奥深くにそっと抱いていよ。そうすればその悲しみがあなたの心の目を醒ましてくれる。悟りに導いてくれる、という意味です。まさにこの教えを詩にしているようですね。最後に石川啄木の作品を。
ただ一人
かの城趾(しろあと)に寝に行きしかな
不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五(じゅうご)の心
いいなあ。いいなあ。今も昔も若者の感性は少しも変わっていないのですね。なんか尾崎豊や浜田省吾の歌の歌詞みたいです。ああ、あの時代に戻りたい、と真剣に考えてしまいますなあ。なぜか胸がキュンときてしまう素敵な作品で、私の大変気に入っているものの一つです。(なお、3行目の『跡』は原文では土に止という漢字になっています。)